ゴルフとイップスー Motor Abundance(運動の豊かさ)が巧みなスイングを作り出す

2026年6月8日 |

ゴルフでは再現性が重要だと言われます。そのため私たちは、「同じスイング(動き)をしよう」と考えがちです。

しかし、本当に人間は毎回同じ動きをしているのでしょうか。そして、もし再現性とは同じ動きを繰り返すことだとしたら、なぜゴルファーはイップスという病に陥るのでしょうか。今回はイップスを通して、「ゴルフの再現性とは何か?」を考えてみたいと思います。

イップスとは何か

イップスとは、本来できていた動作が突然できなくなったり、意図しない動きが現れたりする現象です。

ゴルフでは、ショートパットで手が動かなくなる、アプローチでザックリやトップを繰り返す、インパクト直前で急激に加速または減速する。といった症状として現れます。

かつては「メンタルの弱さ」や「緊張」が原因だと考えられていました。もちろん心理的な影響はあるのでしょう。しかし近年では、それだけでは説明できないことが分かってきました。

ゴルフで起こる局所性ジストニア

近年の研究では、イップスの一部は「局所性ジストニア」と呼ばれる神経学的な現象と関係していると考えられています。局所性ジストニアとは、特定の動作を行うときだけ起こる不随意運動です。興味深いことに、この症状はゴルファーだけではなく、ピアニスト、バイオリニスト、野球選手など、高度な技能を身につけた人にも見られます。

つまりイップスは、技術がないから起こるわけではありません。むしろ長年の反復によって形成された運動パターンが、何らかの理由で機能しなくなった状態とも考えられています。

人間は本当に同じ動きをしているのか

私たちはしばしば、「上手い人ほど同じ動きをしている」と思っています。しかし運動制御研究の世界では、少し違う見方をします。以前の記事でも紹介したロシアの生理学者ベルンシュタインは、「反復なき反復(Repetition without repetition)」という言葉を残しました。

人間は毎回まったく同じ動きを繰り返しているのではなく、その時々の状況に適応しながら課題を達成しているという考え方です。例えば同じクラブを持っていても、気温、疲労、心理状態は毎回異なりますが同じパフォーマンス(結果)を出すことができたりします。

私が大学生の頃、バイオメカニクスを専門にされている先生から興味深い話を聞きました。野球の守備の名手ほど、身体の動きには適度な揺らぎがある。しかし送球の結果は安定しているというのです。つまり一流選手は、動きを固定しているのではなく、変化に適応しながら結果を安定させているということでした。

私はむしろ、「毎回同じ動きをしよう」とする意識そのものが、自然な運動を妨げているのではないかと考えています。

Motor Abundance(運動の豊かさ)

運動制御研究者のラターシュは、人間の身体の自由度を「冗長性」ではなく、Motor Abundance(運動の豊かさ)と呼ぶべきだと提案しました。

例えばスイング中に、前傾の角度、肘の角度、手首の角度は変わりますし、毎回わずかに異なることもあります。しかし、フェースの向き、クラブスピード、打点が適切であれば、良いショットは生まれます。その意味においては、ゴルフの上級者とは毎回同じ動きをする人ではなく、状況に応じて無数の解決策を持っているとも言えます。


(フィニッシュの形が大事なのではなく、フィニッシュが崩れても同じパフォーマンスが出せる状態をつくれるか)

なぜ正しい動きを求めるほど苦しくなるのか

イップス傾向にある人を見ていると、「正しい動きをしよう」という意識が非常に強いことがあります。「手首を使ってはいけない」「フェースを真っすぐ動かそう」「下半身から動こう」というこうした意識は、一見すると正しそうに見えます。

しかし運動の自由度を制限し過ぎると、身体が本来持っている適応能力まで失われてしまいます。本来、人間は状況に応じて本能的に様々な方法で課題を解決しています。ところが一つの正解に固執すると、その運動の豊かさが失われてしまうのです。私はイップスとは、正しい動きを失った状態というよりも、「運動の豊かさを失った状態」なのではないかと感じています。

プロゴルファーがスイング改造する背景にあるもの

一般的には、プロはすでに完成されたスイングを持っていると思われがちです。なので、調子良かった選手でも何でスイング改造をしようとするのだろう?と疑問を抱いたことはないでしょうか。実際は、多くのプロは毎年何かしら新しいテーマを持ってスイングの練習に取り組むと言われています。それは、より良いスイングを求めているという理由もあるでしょう。

しかし別の見方をすれば、常に新しい動きの可能性を模索していることで、ある意味イップスを回避できているかもしれませんし。その探索を続けることが、Motor Abundance(運動の豊かさ)を保つことができるのだと思います。だからこそトッププレーヤーほど、スイングの変化は止めないのかもしれないと私は思うのです。

アマチュアゴルファーの目線に立ったとしても、ゴルフもスイングを一定にさせるというプロセスよりは、むしろ変化しながら進んでいくのが良い取り組みなのかもしれないと思います。なので、毎回「同じことしか伝えない」「取り組ませようとさせない」みたいなレッスンの仕方にならないよう注意したいです。

ゴルフの再現性とは何か

ゴルフでは再現性が重要だと言われます。しかし再現性とは、毎回同じ動きをすることだけではないのかもしれません。

本当の再現性とは、毎回違う状況の中でも、最適な解決策を見つけられること。そして身体が持つ動きの豊かさを失わずにプレーできること。イップスという現象は、そのことを私たちに教えてくれているように思います。

上達とは、動きを固定することではありません。変化する状況に適応し続ける能力を育てること。それこそが、巧みなゴルフにつながるのではないでしょうか。

-【参考文献】-
Bernstein, N. A. (1967).
The Co-ordination and Regulation of Movements.
Pergamon Press.

Latash, M. L. (2012).
The bliss (not the problem) of motor abundance (not redundancy).
Experimental Brain Research, 217(1), 1–5.

Smith, A. M., Adler, C. H., Crews, D., et al. (2003).
The ‘yips’ in golf: A continuum between a focal dystonia and choking.
Sports Medicine, 33(1), 13–31.

※本記事はベルンシュタインの運動制御理論(反復なき反復)、ラターシュの Motor Abundance(運動の豊かさ)理論、およびゴルフにおけるイップス研究を参考に執筆しています。

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この記事を書いたのは

寺嶋 慶介

寺嶋 慶介

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